特集
水野裕子と学ぶ、スポーツ栄養学って何?②(前編)プロ選手が驚きの変化
- 監修
- 鈴木 志保子
- 撮影
- 相良博昭
- テキスト
- 江原めぐみ
- 撮影
- 相良博昭
2017年11月16日[2018年04月11日更新]
タレント・水野裕子さんの、スポーツ栄養学にまつわる連載。2回目となる今回は、ゲストにスポーツ栄養士の橋本玲子さんをお迎えし、前後編でお届けします。橋本さんは「公認スポーツ栄養士」の資格ができるずっと前から、Jリーグの横浜F・マリノス、社会人ラグビーのパナソニック ワイルドナイツなど、トップアスリートの栄養マネジメントを担当してきました。 水野さんを聞き手に、盛り上がった対談の前編の主なテーマは「一流の選手にアドバイスするために必要な能力」。対談の途中、橋本先生から幾度となく繰り返されたのは「伝え方」「コミュニケーション力」、そして「人間力」という言葉でした。 橋本先生が駆け出しのころに経験した大きな失敗、これまで切り開いて来た道筋には、スポーツ栄養学に関わる人はもちろん、仕事をする社会人なら誰もが参考になるヒントがたくさん詰まっています。
アメリカのスポーツ栄養士に感銘を受けて、Jリーグのチームに飛び込み営業をかけた水野:橋本先生がスポーツ栄養学に関わるようになったきっかけは、何だったのでしょうか。 橋本:以前、勤めていた会社で、スポーツクラブの栄養カウンセリングを担当したのが始まりでした。ただ、いまのような仕事を始める直接的なきっかけとなったのは、アメリカのスポーツ栄養学の第一人者であるナンシー・クラークさんのワークショップに参加したこと。2日間のイベントだったんですが、衝撃を受けました。 水野:いつごろのお話ですか? 橋本:20年くらい前です。まだ日本にはスポーツ栄養学という分野すらなく、日本語の解説本さえないような時代でした。 当時の私は、スポーツクラブで「筋肉をつけたい」とか、「疲れが溜まったときに何を食べたらいいの?」と質問されたときに、上手に答えられないことが悩みだったんです。そんななか、ワークショップでナンシーさんが、アスリートや栄養士からの質問に対して、的確に実践的な回答をしていることにまず感動しました。 それだけでなく、ワークショップの企画・運営をすべて自分でこなし、会場の空調に気を配るなど、受講者へのホスピタリティーの対価としてお金をいただいている。こういう仕事が成り立つんだ、と目から鱗でした。日本では、私がスポーツクラブで栄養カウンセリングをしていたことすらめずらしく、栄養士の仕事といえば病院か保育園というような時代だったので......。 ワークショップに参加して、迷いなく、私もこれをやろう! と思い、2年間勤めていた会社を退職して独立したんです。そして仕事を獲得するため、Jリーグのクラブチームに営業をかけました。 水野:ご自身で営業に行かれたのですか? 橋本:そうです。当時、Jリーグのクラブチームに食の重要性について理解を示しているコーチがいると聞いて、まずは会いに行ってみようと。お会いして話をしたのは、選手のコンディション管理を担当するフィジカルコーチ。タイミングよく夏の合宿で栄養のレクチャーを検討していたということで、選手たちに話をする機会をいただきました。 講演は1回きりでしたが、チャンスだと思いましたね。そのコーチがしばらくして横浜F・マリノスに移ったとき、私のことを覚えてくれていたらしく、お声をかけてくださいました。そのコーチが言うには、「継続的にサポートしてもらわないと結果が出ないので、F・マリノスの管理栄養士になりませんか?」と。すべてがご縁でしたね。 伝え方で大失敗! 選手との間に壁をつくってしまい、最悪な状況でサポート開始水野:当時、スポーツ栄養学が浸透してないなかで、スポーツ栄養士に求められていたことは何だったんですか? 橋本:チームからは、選手の食事メニューを精査すること、選手からの食に関する質問に答えること、そして体脂肪率を安定させることを求められました。でも当時、ほとんどの選手は私が何をする人なのか、あまりわかっていなかったと思います。当然といえば当然ですが、「管理栄養士? うるさい人が入ってきたんじゃないの? 自由に食べられなくなるんじゃないの?」と、身構えていましたと思います。 水野:選手にどう受け入れてもらうか、苦労されたのではないでしょうか。 橋本:すごく苦労しました。いちばん最初にF・マリノスの合宿に参加したのが、鹿児島のキャンプで。それ以前に一度も選手とコミュニケーションをとらず、選手のニーズや食事メニューの現状を把握しないまま、いきなり栄養セミナーで話をしたんです。そこで私は、「みなさんはトップアスリートで運動量が多いから、脂質もとっていいんですよ」という言い方をしてしまって。 水野:それが失敗だったんですか? 橋本:栄養学的には間違っていないのですが、意識の高いサッカー選手は、体脂肪を減らすために食事から脂質を減らそうと努力していたんです。それこそ、肉は鶏のささみしか食べない、卵の黄身は残すなど。私はそれをよく考えず、いきなり真っ向から彼らが実践していることを否定するような伝え方をしてしまった。 するとセミナーの途中で、いちばん前列に座っていた選手が、ブーーーーッと大きなオナラをしたんです。彼なりの強い反抗の意思表示でした。私は初日の栄養セミナーで、チームとの間に壁をつくってしまったのです。 次の日に初めて、選手たちが食べている様子や、練習を見学させてもらって、少しずつコミュニケーションをとり始めました。そうして3日間合宿に参加したわけですが、その間、生きた心地がしませんでした。それが20年前のことです。 水野:結構ハードな入口でしたね......。 橋本:すごくハードでしたね。帰りのバスでは、後にも先にもこんなに泣いたことがないくらい、ずっと涙を流していました。自分が準備不足でセミナーに臨んだこと、選手たちに受け入れてもらえなかったことがショックでしたし、プロの世界というのは想像以上に、結果が求められる厳しい場所だということを思い知りました。 ただ、そこでクラブに切られなかったのは唯一の救いでした。フロントやコーチからは「合宿を見てわかってもらえたと思うので、これからは選手とコミュニケーションをとりながら、栄養サポートを続けてほしい」と言われました。以降はなるべく練習に足を運ぶよう、選手と話をするように心がけましたが、リカバリーには結構な時間がかかりましたね......。 |