タレント・水野裕子さんの、スポーツ栄養学にまつわる連載第2回。前編に引き続き、後編でもJリーグの横浜F・マリノスや社会人ラグビーのパナソニック ワイルドナイツなどの担当スポーツ栄養士として、長年、活躍されている橋本玲子先生との対談をお送りします。 「一流の選手にアドバイスするために必要な能力」が主なテーマだった前編の内容とは変わって、後編は「スポーツ選手のエネルギー摂取事情」「低炭水化物の怖さ」、そして「アスリートを目指す子どもの栄養」の3つが主な話題に。特に現在、大ブームとなっている低炭水化物や糖質カットの食事法にスポーツ選手が取り組むことについては、強く警鐘を鳴らした橋本先生。さて、その理由は?
ラグビー選手の1日の消費エネルギー消費量は5,000kcal! ちゃんと食べるにはどうすれば?水野:前編ではプロサッカー選手の話をうかがいましたが、橋本先生は社会人ラグビーのパナソニックワイルドナイツや、元女子モーグル日本代表選手などの栄養指導も担当されていましたね。種目ごとの食事の違いってあるのでしょうか? 橋本:よく聞かれるのですが、じつは、栄養バランスのとれた食事が大事という点ではどの種目も変わりません。ただ、大きく違うのは、どれだけのエネルギーを消費し、それをどのようなタイミングで摂取するか、ということです。 サッカー選手の場合、試合のある日のエネルギー消費量は1日約3,500kcalといわれています。トレーニングの日も、だいたい3,000~3,500kcalくらい。しかしラグビー選手ともなると、1日約4,000~5,000kcalものエネルギーを消費しているといわれています。その分を、食事で補わなければなりません。 水野:す、すごいですね! 5,000kcalともなると、毎日摂取するのも大変そうです。 橋本:そうなんです。厚生労働省の食事摂取基準(2015年版)によれば、18歳~29歳の男性で、日常の身体活動レベルがふつうの人だと、1日に必要な推定エネルギー量は2,650kcal。ラグビー選手は、同年代の一般男性の2倍近くのエネルギー量が必要な計算になります。 アスリートってよく食べるイメージがあるかもしれません。でも、じつはハードなトレーニングでからだを酷使しているため、胃腸の働きが低下しやすく、食欲も落ちてしまいがちなんです。そんな選手たちに、どうしたら1日あたり5,000kcal分もの食事をとってもらえるか。それを考えるのがスポーツ栄養士のミッションなんです。 水野:同じ種目でもポジションの違いによって、食べるものは変わりますか? 橋本:そうですね。ラグビーでいえば、チームの前方にいるフォワードと後方にいるバックスの選手では、からだつきが違います。フォワードの選手の場合、体重を増やすことが相手へのダメージとなるため、余分な体脂肪をつけずに筋肉と体重が増えるよう、十分なエネルギーとたんぱく質を摂取します。 一方のバックスの選手は、走りをメインとし、判断力やスピードが求められるポジション。からだが重くなりすぎないよう注意しながら、持久力に欠かせない糖質を上手にとる必要があります。そのためには、炭水化物の量を増やしたほうが効果的です。こんなふうに、ポジションによって若干、食事の量や質は変わりますが、私はあえて選手に強調して言わないようにしています。 水野:それはどうしてですか? 橋本:筋肉にはたんぱく質、持久力には炭水化物などと単純化して伝えてしまうと、極端に偏った食事になってしまう選手がいるんです。もちろん、割合としてはその栄養素を少し多めにとるほうがいいとは思いますが、基本はバランスが大事、と私は伝えるようにしています。 水野:なるほど。意識しすぎてバランスを崩してしまうこともあるんですね。 小分けにして胃に負担をかけないように。1日6食のマネジメント術橋本:スポーツ選手の場合、食べるタイミングがとても大事です。練習の直前にたくさん食べてしまっては、胃に負担をかけてしまいますからね。ラグビー選手の場合、個人やチームの生活、練習時間や回数をふまえて、1日に5,000kcalをどのように、いつ食べるかを、スポーツ栄養士がマネジメントします。 パナソニックワイルドナイツの選手たちは、朝の5時半くらいからウエイトトレーニングを始めます。その後、朝食をとってから出社。お昼を11~13時ごろに食べ、14時30分から全体練習が始まります。 ラグビーのように激しいスポーツの場合、ふつうの人の1食分にあたる800kcal~900kcalくらいの食事でも、一度に食べると胃に負担がかかり、からだが動かない選手もいます。 ですから、朝食を2回くらいに小分けにして食べて、12時の昼食は軽めにしておく。午後の全体練習が終わったあとは、プロテインやバナナと牛乳などをとり、少しエネルギー補給をする。夕飯はしっかり食べて、さらに必要な選手は夜食をとる。このようにうまく5、6食に分け、胃に負担をかけずに5,000kcalとれるように食事計画を立てていきます。 水野:食事の内容やタイミングをすべて個人で考えるのは、選手にとってなかなかの負担でしょう。やはりスポーツ栄養士の存在ってとても助かりますよね。 |